さよならの石と、春の約束

小学五年生の春。
悠真(ゆうま)のクラスに、転校生がやってきた。
名前は、陽菜(ひな)。
少しだけ緊張した声で、黒板の前に立つ。
「よろしくお願いします」
その声は小さかったけれど、まっすぐだった。
休み時間、陽菜はまわりの視線を気にしながらも、勇気を出して悠真の席に来た。
「あの……このへんに森ってありますか?」
「森? あるよ。学校の裏に小さいのが」
「行ってみたいな」
それが、二人のはじまりだった。
放課後、森へ向かう道で、陽菜はぽつりと言った。
「わたし、転校、これで三回目なんです」
「そんなに?」
「うん。お父さんの仕事の関係で」
悠真はうなずいたけれど、胸の奥が少しだけ重くなった。
森は静かで、やわらかい光がさしこんでいた。
「きれい……」
陽菜は小さくつぶやいた。
二人は森の奥へ進み、大きな木の根元でしゃがみこんだ。
そのとき、陽菜が何かを見つけた。
「悠真くん、これ」
土の中から出てきたのは、小さな丸い石。
ほんのり青く光っている。
「なんだろう」
二人でそっと手にのせると、あたたかい。
その瞬間――
「ありがとう」
風のような声が、森の奥から聞こえた。
二人は顔を見合わせる。
「今の……聞こえた?」
「う、うん」
石はやさしく光りながら、声をつづけた。
「この森は、思い出をあずかる場所。大切な気持ちは、ここに残る」
悠真は胸がどきどきした。
「思い出?」
「うれしかった日も、さみしかった日も。ここは、忘れない」
それから二人は、毎日のように森へ通った。
虫を追いかけたり、木に寄りかかって話したり。
陽菜は少しずつ笑顔が増えていった。
「ここ、好き」
そう言って笑う陽菜を見るたびに、悠真はうれしくなった。
石は、ときどき青く光った。
まるで、「ちゃんと覚えているよ」と言うみたいに。
けれど、秋のはじめ――
陽菜が静かに言った。
「また、引っこすことになりました」
時間が止まったみたいだった。
「え……いつ?」
「来月です」
森は、しんとしている。
悠真は何か言おうとした。でも言葉が見つからない。
「ごめんね」と陽菜が笑う。
「なんで謝るんだよ」
「また途中でいなくなっちゃうから」
悠真は首を強くふった。
「途中じゃない」
それだけしか言えなかった。
引っこし前日。
二人は森へ向かった。
大きな木の下で、陽菜が石を取り出す。
「これ、ここに置いていこうと思うの」
「え?」
「ここは思い出をあずかる場所なんでしょ? だったら、わたしの大切な時間もここに残していきたい」
陽菜の目は、少し赤かった。
悠真の視界もにじむ。
二人で石を土にうめた。
そのとき、石が強く光った。
「ありがとう」
森の声が、前よりもはっきり聞こえた。
「大切な気持ちは、消えない。離れても、つながっている」
風がやさしく吹きぬける。
次の日、駅のホーム。
「元気でね」
「陽菜も」
電車のドアが閉まる。
悠真は笑おうとした。でも、電車が遠ざかるころには、涙が止まらなかった。
それからも、悠真は森へ通った。
あの木の下に座る。
最初は、たださみしかった。
でもある日、春の風が吹いた。
土の中から、ほんの少し青い光が見えた気がした。
「……陽菜」
悠真は小さく笑った。
「ちゃんと覚えてるよ」
木々がさらさらと音を立てる。
まるで、「うん」と答えるみたいに。
数か月後、手紙が届いた。
『新しい学校でも森を見つけました。でも、あの森みたいにあたたかくはないです。またいつか、一緒に行きたいな』
悠真は空を見上げた。
「うん。絶対」
思い出は、なくならない。
目に見えなくても、ちゃんと心の中で光っている。
森の奥で、あの日うめた石は、今も静かに青く光っている。

